こんなに連投していると、上機嫌なのがバレてしまいお恥ずかしいですが、今日は冴えているのでしょう。こんな事を考えました。
私は万華鏡を作るにあたり、どんな見方をしてもある程度楽しめるようにというのを大前提としたオールラウンダーを目指してきた節があります。覗いた瞬間に心を掴みたいという欲深さもあったかもしれません。
ベストな環境は勿論、ベストでは無い環境も考慮してバランス良く仕上げる。そんな気持ちが先端のカバーに現れていたりします。
一応、こちらの狙っているバランスを知ってもらう為に、白い色の間接光で見ると良いですよと言ったり、白い壁の前に展示して貰ったりはしますが、光源に向けた方が好きという人もいますし、楽しみ方は人それぞれ。
覗いたら真っ暗け、何も見えないじゃん!
これじゃ万華鏡でなくて、真っ暗け鏡になりかねないという事で、自分の選択肢にはありませんでした。
しかし世の中には我儘な万華鏡というのもありますね。
細いスリットから強い光をピンポイントで入れないと見えないような暗〜い万華鏡。
斜め45度下位でオブジェクトを滑らせるように楽しまないと、目詰まりを起こしかねない万華鏡。
下に溜まっているオブジェクトを180度くるりと回して、じっと止まっていなければならない万華鏡。
光源は和蝋燭の炎しか許さず、作家が和蝋燭片手に近寄ってくる万華鏡まであるとか。
こういう我儘さが許されるのは、その正しい見方をした時の感動があればこそで、大して違いがなければ、あぁそうですかとなってしまいます。
わ〜という感嘆の声や、引き込まれて漏れる溜息があるからこそ出来る冒険でもあり、知らずに覗いた時とのギャップが大きい程、感動は大きいものになる可能性すら感じます。
そういった万華鏡の正しい見方には当然大きな意味があって、それがその万華鏡の肝、コンセプトや作家の価値観、万華鏡への向き合い方がストレートに出ているようにも思いますし、新たな万華鏡の提案でもありましょう。
私は側から羨ましげに見てるしかなかった我儘な万華鏡達ですが、私にもこの度近い感覚のものが作れそうなのであります。
だって普通に覗くと真っ暗けなんだもん。
でも光源に向ければ、今までに無い偏光色ですよ。
あまり変わらないんじゃ無いかって?
全然違うよー